仕事の中で思うこと

アロマの本質は自由という信念 〜セラピーだけでもない〜

こんにちは。GWは歯痛に寝不足と、結構なダメージを受けたKEIKOです
寝れないほどの痛みは人生2回目。
今日はおとなしく過ごしています

さて、これまであまりブログではアウトプットしてこなかったのですが、私には信念がありまして

それは

アロマテラピーは香りと人が自由に作り出すアートである


という信念です

化学的、薬理的側面も持ちながら、心、ときに人生にまで影響を与えるアロマ

発信者がアロマをどう伝えるかで、アロマの見え方はいくらでも変わります

例えば「これは水虫に効きます」と説明すれば、アロマを抗菌薬のように感じるでしょう
でも、そこに別の視点を加えてみたとします。

古代の人たちはアロマを「神からの贈り物」として、各地で神殿や寺院など精神文化の中枢で使用してきました。

異国から運ばれる、なかなか手に入らない貴重な香料でもあり、大変高価なものでした。


さて、上記の情報が加わるとちょっと感触が変わりませんか?

このように、情報を加えると精油の見方はいとも簡単に変わるのです


使う人がどんな感覚で、どんな価値観を持って香りと接するかで、香りは変身します


自由なんです


アロマ調合の際、クライアントさん自身の人柄や物語が香りで表現されるよう、アートの目線も込めて香りをブレンドしています

そもそも、その人らしさは、私が説明をするまでもなく、なぜか自然と選ぶ香りに現れてくるもの

ここがとても不思議で、アートを感じる瞬間だったりもします
(だんだん、初見の方も「この人はこれを選びそうだな」というのが当たるようになってきています)


巷では「これがアロマの正解」と言わんばかりの情報が溢れていますが、私はそれらは「半分○、半分×」と伝えています


自分の体や心、経験や感覚によって、「周りの正解」が自分にとっては「不正解」になることも


私自身がそれを何度も経験していますし、「自分の正解」って何より大事なんですよね。

極端ですが、多数意見が「正解」となるような社会だったら、戦争に賛成する人が多数であればそれが「正解」ということになります

これちょっと変じゃないですか? 

周りが正解って言ってるから、これは正解、という思考は結構危険です


「自分の正解」が周りの正解、社会の正解と異なっていてもいい、と私はクライアントさんに伝えています

自分の正解を持っていると、自分がすべきことがよく分かり、生きにくさが格段にへっていくからです


だから香りを自分の感性で選ぶことは、自分の正解探しに通じる、こう信じています

感性や直感は、自分の価値観や軸と直結しているからです


自分の正解は、自由に決めていいんです


以前勤めていた会社で、潔くて心地よい生き方をしている航海士の方が言っていた名言を紹介します

「情報は取りに行くものです。だからうちはテレビがありません」

自分の正解が心の中にあるからこそ、溢れる情報にもまれず、自分の人生に必要な情報を選んでいくことができるんですよね


皆さんは、今日、自分の正解で何かを選びましたか?


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